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[archive]トーク:あこがれの有名飲食店オーナー対談から読み解く、丁寧な暮らしのヒント

コラム

人をもてなすこと・思いやりが豊かさを生む

9月29日(土)11:30〜12:20

「あこがれの有名飲食店オーナー対談から読み解く、丁寧な暮らしのヒント」

 

吉祥寺のパン屋「ダンディゾン」のオーナー引田ターセンさんと、代々木八幡などの飲食店「LIFE」オーナー相場正一郎さんのお話しです。おふたりは年齢もキャリアも異なるものの「2003年にお店をオープンしたこととNHKに出演したことが共通している」といいますが、いずれも人気店のオーナーたる所以はほかにもありそうです。

●豊かさとは思いやり - 引田ターセンさん

その流暢な話しぶりから代々商売をされてきたのかと思いきや、引田ターセン(保)さんの過去は50歳までIBM、その後52歳までオラクルで深夜まで営業に奔走するモーレツサラリーマン。巨大ビジネスを動かしているとの実感はありつつも、子ども2人と奥様のカーリン(かおり)さんの寝顔をみるだけの毎日は、ほとんど「生活していませんでした」(ターセンさん)。
 
その間ターセンさんがずっと思い描いていたのは、自身でお店をもつことだったそうです。とはいえ企業の営業マンだったターセンさんは手に職をもち何かはじめるのは難しく、土地と建物を手に入れたときに思いついたのは、奥様のカーリンさんに投資することでした。
 
「イメージが降りてきた。カーリンに降りてきたんです」
 
そしてオープンしたのが、パン屋「ダンディゾン」。「その名(Dans Dix ansはフランス語で『10年後に』の意味)のとおり、10年持てばといい思っていたら15年続きました」と控えめなターセンさんですが、同時に「ホスピタリティは得意」とおっしゃるだけあり、顧客志向に徹した結果に違いありません。
 
そのことは、ターセンさんが「『ダンディゾン』は、パンのことなど素人の私が『体にいいことを気持ちよく』とだけ考えて作ったお店です」とキッパリおっしゃることからも伺えます。「弟子は持てないから」や「素人」といった謙虚な言葉の裏には、自らがお客さま目線で心からおもてなしをする意識(ターセンさんは『マインドセット』の語を使った)があるから。本エキスポのセミナー谷尻誠×宮崎晃吉 くらしづくりの発想法での谷尻誠さんによる「クレーマーギリギリのお客になれ」との言とも共通します。「ダンディゾン」のリノベーションにあたっても、エントランスの階段をどなたにも上り下りしやすくするといった配慮が結果として人を呼び込む力となっていることが容易に想像できます。
 
そしてターセンさんは、豊かさとは結果「人に優しい」ということだと結び、それはサラリーマンの時は考えたこともなかったと吐露しています。
 
「僕にとっての豊かさとは、カーリンです。彼女によって考え方がリノベーションされました。それまで自分は生活者でもなかったので、カーリンと二人三脚で生活者の勉強をしようと思ったのです」
 
本エキスポのトークショーbon ponさんに聞く「身の丈暮らし」の楽しみ方でbonさんも同様のことをおっしゃっていましたが、モーレツなサラリーマン人生を経てふと振り向いたとき、横にいるパートナーにこう言えるようでありたいものです。
 
 
ところで、引田さんご夫妻のご自宅はというと、家のことは全て奥様のカーリンさん任せ。以前のマンションでは4度もフルリノベーションするほど家を吟味する方だそうです。4年前に縁あってマンションを手放しRC造の中古住宅を吉祥寺に購入すると、これまた2年を掛けてフルリノベーション。1階にターセンさんとカーリンさんが、3階には娘さんご夫婦が住まわれそれぞれまったくテイストの異なる空間になっているとのことです。

●家は単なる手段ではない・子ども達の将来の暮らし方に影響 - 相場さん

相場さんは、2003年に東京・代々木八幡にイタリアンレストラン「LIFE」をオープン。以降LIFE4店舗などを経営し、いまに至ります。各お店の特長を生かし、イベントやワークショップ、小売を通じてライフスタイルを発信し、10月10日には「30日のパスタ」(mille books刊)が発売されました。
 
相場さんが商売をはじめたのは、お父さまのサジェストによるもの。18歳でのイタリア修行を終え、東京に出てからです。
 
もともと家に人を招くのがお好きという相場さん。家族に気兼ねなく好きに使えるダイニングのあり方を考えた結果、それがそのままお客さまを呼ぶ飲食店になると考えたのでした。だからこそカジュアルレストランなんですね。
 
「惣菜屋をやっていた実家の母の影響だと思います。お客さまが喜ぶ顔を見て嬉しそうにしていたのを思いだします」
 

 
そんな相場さんは、ウィークデイは奥様主導の生活を東京で、週末は相場さん主導で那須で過ごすという“2拠点”生活を送っています。
 
「北海道でシェフをしている方のスウェーデン式の家に憧れていたところ、那須に同じようなログハウスが売りに出たのを知り、即決したんです」
 
その那須の家では、相場さんは仕事を忘れ、もっぱら家族と過ごされるとのこと。
 
「18の頃からイタリアで5年過ごしたとき、暇な時間を潰すのに趣味が増えたんです。その頃から一人遊びをしたくて仕方なかった。お店をやるようになってその時間が取れたのですが、子どもができるとその時間を家族に充てるようになったんです」
 
週末毎に東京から那須まで移動して生活拠点を移すのは大変で、旅行の方が楽と思うこともあるとか。でも、プレイベートと仕事の境界を明確にでき、そこでの時間は「自己解放になるね」と羨ましがられるメリットが大きいと相場さんは言います。仕事が充実し、子ども達の幼少期5〜10年程度の“いま”を楽しめる要素がぎっしりと詰まった家なのです。
 
一方で、この那須の家で、たとえば夫婦二人で老後に至るまで過ごすイメージはないといいます。
 
「社員の福利厚生施設にしてもいいなといったアイデアはありますけれど、そのあたりはまだ探っている状態ではあります。もっとも、二人の子ども達が将来どんな生活を楽しむか、楽しみですね」
 
家はあくまで住むための手段とすれば、いまのライフスタイルに沿うことはもちろん快適なことではありますが、いっしょに住む子ども達の将来の暮らし方そのものにも影響を与えるという発想は、家がそう簡単なものではないことを意味しています。「まだ試行錯誤中です」とおっしゃる相場さんですが、その一端が垣間見えたお話しでした。

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