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[archive]トーク:谷尻誠×宮崎晃吉 くらしづくりの発想法

コラム

建築家は建物をデザインするだけが仕事じゃないんです。

9月29日(土)16:00〜16:50

谷尻誠×宮崎晃吉 くらしづくりの発想法

 

従来の建築家概念の枠にとらわれないお二人が、これからの建築のあり方について語ってくれました。ひじょうにエキサイティング!
 
※編注:実際の講演は宮崎さんリードによる対談形式でしたが、WEBコンテンツとして分かりやすくするため、論者毎にまとめさせていただきました。

 
 

●宮崎晃吉さん - HAGISOにはじまり、自ら事業も運営


 
宮崎晃吉さんの建築家デビューは、東京藝術大学在学中に住んでいた築60年の木賃アパート「萩荘」が原点です。
学生達に親しまれたこの建物は、2011年の3・11をきっかけに解体が決定します。残念に思った宮崎さんたちは、大家が宋林寺ということもあり家のお葬式「ハギエンナーレ2012」を開催。3週間で1500人を集めるという感動的な体験をします。
 

 

 
「ただのゴミと思っていたものがこんなに反響があるとは。新築や駐車場にするよりいい」と一同納得。貯金ゼロの宮崎さんでしたが、1000万円の借金をしてまるごと借り受け、リノベーションを施して文化複合施設に仕立て上げました。それが2013年にオープンした「HAGISO」のルーツです。
 
宮崎さんは、以降、ただ家を設計するだけではなく運営も手がけることに。
 
「3年ほど暮らして、複合施設だといいながら買い物するにも食事をするにもお風呂に行くにもいちいち出掛けなくてはならない。でもこれって、すごく豊かことなんじゃないかと思った」(宮崎さん)
 
そこで、まち全体を宿泊施設にするプロジェクトを敢行します。
フロント・ロビーがHAGISOで、銭湯が大浴場、文化体験が街のお稽古教室、商店がお土産屋で飲食店が食堂・・・と定義し、そこをレンタサイクルで回るというもの。
 

 
さらに宿泊者には、まちあるきMAPが手渡されます。 表はDAY MAP、裏はNIGHT MAP。温泉施設、観光地、飲食店、居酒屋等への誘導がなされているのです。
 

 
谷中には谷中銀座のほかによみせ通りがあり、商店街を抜けたところには広大な緑に囲まれた初音の森も。半径600mにフロント「HAGISO」、旅館・ロビー「hanare」、惣菜屋「TAYORI」、まちの教室「KLASS」、銭湯、レンタル自転車が集約されています。
 

 
●食の郵便局「TAYORI」
観光客は入りにくくして、それを知る地元の人だけが入ってくる仕掛けにした惣菜屋。興味深いのは、”ゆうびん”代行システム。生産者が消費者に向けてメッセージを出すことはあるが、ここでは逆に消費者が投函した手紙を本人に代わって生産者に届ける。年間500通にもなるといいます。

 

●まちの教室「KLASS」
希望者が自分のスキルを生かしてお教室を開ける、いわばカルチャー施設のようなもの。住む人が持つ能力を地域に還元するプロジェクトです。宮崎さんは人に教えたい人がこんなに沢山いることに驚いたという。

 
 
「止めておくことでは守れない。常にリスク過多であり続けたい」(宮崎)
 
宮崎さんは、建築家の使命として、独自の考え方をお持ちです。
 
「『建築=作品』という考え方もあるが、それを変えられるかが目下のテーマ」という宮崎さん。クォリティを自らに科すことになる従来の考え方自体は否定はしないものの、”作品”を雑誌に載せてもらい仕事を待というという意識や、もっぱらクライアントワークに頼る手法に違和感があるといいます。
 
「他人のお金で好きなモノが作れていいね」と揶揄され悔しかったこともあるといい、自ら事業も手がけ「リスク過多」な状態でいたいという思いのようです。
 
実際宮崎さんの場合、「HAGISO」をはじめた当初から設計のみならず運営も手がけていたことになります。常に能動的でクリエイティブなのは、多くの異なるアーティスト達と創作やイベントを重ねてきた環境も背景にあるかも知れません。
 
そんな宮崎さんは、本来「建築は粘土みたいなものだ」といいます。
 
「放っておくとカチカチになる。手を掛けると柔らかくなり、とっさの閃きにも反応するほどフィットする。じっくり育てることも大事だけれど、止めておくことでは守れない。変わらないと変わっちゃうんです」
 
ツールだけでなく運営も手がけることで、ともするとカチカチな建築は柔らかくなる。その決め手は、建築を使う人に対する優しさと、手当を継続することの大切さ。建物を取り巻く地域の人たちと真摯に向き合い、こちらの都合で人をハコに押し込めないということでしょう。
 
「HAGISOも最初の半年はお客さんが来なくて正直不安でした。アーティストが集まるサロンにしたいとか妄想もしました。でも、アーティストは場末の居酒屋で呑んでいるだけ。ようやくお客さんが増えてきたとき気づいたのは、結局はお客さんをよく観察して要望に地道に応えることての積み重ねでしか成果は得られないということなんです」
 
 
 

●谷尻誠さん - あらゆるものの価値を更新したい。


 
谷尻さんの経歴は、中学生の時に父親と半年掛けて自宅をリノベーションしたことにはじまります。

 
いまのご自宅もリノベーションによるもの。ただ、フルスケルトンでは思い通りになりすぎてリノベの醍醐味が失われるとして、従前の和室を敢えて残し、それとの“セッション”を楽しんだといいます。
予算を抑えるため床、家具、照明、キャビネット、果ては真空管まですべて鉄製にこだわるなど独特な世界観が目に飛び込んでくるお住まいです。

 
「新築だと前提条件がリセットされたところからはじまる。それと比べるとリノベーションの方が、前提条件が設定されているため価値を提示しやすいんです」と谷尻さん。宮崎さん同様に、使い物にならないと思っていたものが輝き出し、違いが視覚化されるところがリノベーションの面白いところだと述べられました。
 
そして谷尻さんも建築の枠に留まらない独特の手法でプロジェクトを多数展開しています。そのときのモットーは「あらゆるものの価値観を更新する」こと。
 
●ONOMICHI U2
県営倉庫をどう活用するかというプロジェクト。「尾道は日帰り観光のまち」と言われていたのを逆手に取ったもの。夜の街にオカネを落としてもらうことも、お土産を選んでもらうこともできない街のしくみを打破しなければという問題意識です。「泊まらぬまちには観光なし」と考えた谷尻さんは、与えられた倉庫の中に宿泊施設やレストラン、店舗などを造ります。サイクリストを招くために倉庫内に建物を新築し、自転車のまま入れるホテルにしたのです。

ちなみにここの空調設備ですが、湿度、冷水温水で空調エアコンより快適な空気の循環をエンジニアリングとして行っています。「古いモノと新しいモノを混ぜる」「昔の記憶と現代性を混ぜる」という谷尻さんの発想はリノベーションそのものです。
 
●「社食堂」
コンビニ弁当は辞めにして、設計事務所内に設けた食堂が作る健康な食事をスタッフとともにいただく仕組みに。にんげんという生きものの入口にまで遡った働き方リノベーションです。
「おなじ細胞で作られたカラダ同士で仕事をすれば、文字通り肌が合い良いアイデアも出る」。
ちなみにココはカフェとしても一般に解放されており、外の空気を入れるきっかけにも。設計事務所を世の中に知ってもらうのにも役立っているそうです。

 
●広島ホテルプロジェクト
広島県三次市生まれの谷尻さんは、広島と東京にそれぞれオフィスと家の“2拠点”生活を送っています。
広島にゲストを招いたときコミュニケーションしながら街を案内したいと考え、ホテル事業では、設計事務所、レストラン、レンタル自転車といったものを平和記念公園の周り徒歩1分圏に集めました。
ちなみに、誰に頼まれただけでもないのに googlemapに観光情報をどんどん入力し、誰もが調べて観光名所や居酒屋などを訪ねあたれるようにしているとか。

 
●絶景不動産
フランク・ロイド・ライトの落水荘を例に挙げ、素晴らしい景色を生かす建築といった視点を持つ不動産事業を紹介されました。別荘を建てたいという海外のクライアントに向けて、森と滝のあるプランを提案したときの体験がきっかけだそうですが、いわば建物による風景のリノベーションであり、建物をそこに置くことでその場の何が更新されているかが考えられています。


 
●21世紀工務店
「できない」ことにクリエイティブな(!)工務店が多いという問題意識から、職人技によるこれまでの工務店のいいところと現在のテクノロジーとを組み合わせ、「できる」もの造りを提案する工務店の立ち上げを狙います。「施工をクリエイティブに楽しむ」がモットー。マージンだけ取って下請けに丸投げするいまの工務店の仕組みに対する疑問もあるといい、「もしGoogleが施工会社をつくったらそんなやり方はしないですよね」と息巻いています。
 
●Kata-log
建築部材の商品情報にたどり着く時間を最短にするため、部材をデータベース化したアプリ「Kata-log」を現在開発中とのこと。設計した建物に使われている部材が具体的に分かる、逆に、その部材が使われている建物の場所が分かるというもので、世界中を部材のカタログにしてしまおうという壮大なプロジェクトです。
 
 
take から giveの時代には、want でなく have toであれ」(谷尻)
 
谷尻さんも宮崎さんと同じく、作品を雑誌に載せてもらい次の仕事を待つのをよしとしません。
 
「クライアントワークだけでなく、オウンワークも併走させたい。そのほうがどんな仕事を依頼されたときもより高いパフォーマンスが発揮できます」
 
そうすることで、運営まで十分理解して建物を誂えるという思考回路になるわけです。トーク:あこがれの有名飲食店オーナー対談から読み解く、丁寧な暮らしのヒントで引田ターセンさんも同様のことをおっしゃっていました。
 
「クレーマーギリギリの客になれ」とスタッフには言っています。それぐらいクライアントのことを把握しろ、ということです」との谷尻さんの言葉に、素直なお客さま目線でHAGISOを運営してきた宮崎さんも深く頷きます。
 
「時代は、takeからgiveになったと思っています」と谷尻さん。一つの山を皆で取り合っても仕方がなく、世の中の建築家はもっと山全体を大きくすることを考えるべきだといいます。
 
「自分のことしか考えない人を誰も助けようと思わないですよね。普段から(社会の)役に立つようでありたい」
 
そうした考え方は仕事のあり方一般に及び、「リスクをとる」という意味で宮崎さんと共鳴します。
 
「Want を Have toにする。失敗しないようにするのではなく、無理矢理にでもやってみることにしています。負荷が掛かった方が成長するからです」
 
そしてデザインとは、カタチを表現するものをいうだけでなく、仕事が来るコンディション自体も含むといいます。
 
「大変な仕事だとみんな辞めるから、むしろそれを自分たちが先にやった方がいいんです。“大変”とは、大きく変われると書く。常に負荷をとりに行かないと成長しないので、楽(ラク)しようとすることを廃止しています。カップヌードルがカップヌードルであり続けるために、味を時代とともに少しずつかえたり、国により麺の長さも変えるように」
 
この日の教訓は、「ルーティーン禁止」。いつも通りは楽ちんですが、成長がないということ。ルーティーン化を避けることで、毎日新しい発見があるというのです。
 
そして、クライアントのことをよく観察・理解することの大切さは、自分を売り込むときにも適用できることを最後に述べられました。
 
「自分にしかできない思考ややり方を蓄積しておけば、環境が変わったときも価値観のリノベーションができる人間になりますよ」

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